【書評】伊藤元重が警告する日本の未来
伊藤元重 東京大学名誉教授が予想する日本と世界の未来。
技術革新、ベンチャー企業、シェアリング経済、通商政策、リフレ政策、働き方、社会保障等における変化がどのように社会を変化させていくか解説されている。
いくつか提示されている論点から、ここでは財政政策の将来を紹介しよう。
「今の日本では財政赤字が民間貯蓄でまかなわれているので、国債金利が急激に上昇する可能性は小さく、人々の生活が不自由になるような債務の大幅圧縮までは考えなくてよいだろうということです。」
伊藤教授は慎重な言葉づかいでこう主張している。
市場をよく知った人なら、前半の命題(金利上昇の可能性)に疑問を持つ人も少なくないだろうが、あくまで「可能性」の話であるならその通りという話になる。
なにより、これまでの実績がそうだったのだから。
後半の命題(債務圧縮の必要性)についても反対意見の人は多いのだろうが、「人々の生活が不自由になるような」とか「大幅」とかいった修飾語が付されている限り、否定すべきものでもない。
つまり、あいまいさを織り込むことで、否定されることをうまく避けている。
ただし、短期的な財政状態に過度に固執することなく、長期的な経済成長、税収増、財政改善を目指せという教授の主張はもっともだ。
財政再建には歳入・歳出の改革だけでなく、経済成長も間違いなく必要だ。
伊藤教授はさらに2つの可能性、インフレと資産課税に言及している。
資産課税については現実的でないとしながら、インフレについては一定の効果を認めている。
望むような経済成長が実現できない場合には次善の策となりうるという。
「本当は、実質成長率で3%を実現できればベストなのですが、それができないときには穏やかなインフレを容認すること、それが日本が現実的に財政を再建していく経路だと考えられます。」
ただし、インフレも程度の問題なのは言うまでもない。
教授は、「ハイパーインフレ」を財政再建の方法とするのは「冗談」と斬って捨てている。
また、クリストファー・シムズ教授によるインフレ税の奨めにも、財政規律を緩めるリスクを指摘している。
いつどれだけ財政支出するかは、リフレの要請によるのでなく、経済状況に応じて決められるべきというのが教授の考えだ。
そして、足元の状況について次のような見通しを述べている。
「トランプ政権の政策の影響で為替が110円台の円安水準、株価が堅調という状態であれば、あえて財政を拡大しなくても経済が堅調に推移する可能性があります。」
本書は極めて常識的に理想の道筋を示した本と言える。
よくも悪くも中庸、バランス感覚の著書である。