【輪郭】日銀が円高の火を消せないわけ
黒田東彦 日銀総裁が23日の金融政策決定会合後の記者会見で、金融緩和の出口検討は時期尚早との見方を繰り返した。
にもかかわらず、為替相場は意に介せず円高方向に動いている。
黒田総裁がリバーサル・レートに言及したり、日銀オペで超長期債の買入れ金額が減額となったりしたり、なんやかんやで円高に振れている。
本来円高は日本にとって悪いことではないのだが、ディスインフレの時代だとそうも言えなくなる。
輸出産業に不利に働いたり、輸入物価低下でデフレ圧力になると、日銀の金融政策には逆風になってしまう。
だから、黒田総裁は、物価目標達成は遠く出口を検討する局面でないとか、強力な金融緩和を継続すべき時とか、火消しに躍起になっている。
もっとも、今回の金融政策決定会合で金融正常化に踏み出すと予想していた人は皆無だろう。
ただ、近いうちに金融政策正常化が始まるかもしれないと予想していただけだ。
黒田総裁の決然とした否定にもかかわらず、市場は金融政策正常化観測をやめてはいない。
それは、この局面でのゲームのルールを理解しているからだ。
金融政策における「期待」の役割
黒田総裁は昨年6月オックスフォード大学で「『期待』に働きかける金融政策」と題する講演を行っている。
ケインズからニューケインジアンに至る経済学者の考えを紹介し、こうした金融政策の正当性を主張している。
「とりわけ重要なのは、『中央銀行が物価安定に向けた強い意志を示すことが、人々の期待に働きかけ、金融政策の効果を高める』ということです。」
つまり、黒田総裁のゲームのルールは金融調節などを通じた現実の操作だけでなく、将来に対する期待を操ろうというものだった。
ただし、上記引用部分を見る限り、期待の効果は「金融政策を高める」とされているから、副次的な手段であるとも読めなくはない。
2%にこだわる理由その1
では、なぜ黒田総裁は2%物価目標にこだわるのか。
それは、ゼロ金利近傍で金融政策がやれることを確保するためだ。
講演では次のようなフレーズが語られている。
インフレ期待を2%程度にアンカーすることによって景気に中立的な名目金利の水準を引き上げ、金融政策の対応力を確保することの重要性
直接的に日銀・市場が立ち向かうのは名目金利だ。
もちろんマイナス金利政策というのもなくはないが、それに(実施可能性や副作用の面で)限界があるのも事実だ。
つまり、名目金利にはゼロ金利制約がある。
日銀がなんらかの名目金利をゼロ金利まで引き下げたとしよう。
名目金利はほぼ下げ止まってしまう。
ここで、その時点でのインフレ率が重要になる。
名目金利から物価の要因を差し引いた実質金利を見てみよう。
- インフレ率が0% → 実質金利はゼロ%
- インフレ率が2% → 実質金利はマイナス2%
(名目金利より本質的に重要な)実質金利で見ると、インフレ率が高い方が大きなマイナスになっている。
つまり、金融が緩和的になっている。
高いインフレ率は低い実質金利を与えてくれる。
だからこそ、日銀はディスインフレを嫌がり、2%程度のインフレを求めているのだ。
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