【仮説】なぜもっと円高にならないのか?
以前、リスク・オフの円高はまだ続いていると書き、それは正しかったと思う。
ただ、気を付けなければいけないことが2つある。
1つ目は、短期と長期は分けて考えるべきということ。
短期的には、やはりリスク・オンで円安、リスク・オフで円高になっている。
しかし、長期的にはわからないということ。
目に見えないようなゆっくりとしたペースで、ボディー・ブローのように円安が進む可能性はむしろ高いのかもしれない。
程度の問題だが、これが行きすぎれば日本人にとっては大問題になりうる。
もう1つは、今のドル円相場の水準が意外に円高でないのではないかとの疑問だ。
米長期金利の急落を考えれば、もっと円高でいいのではないか。
本稿では、その点について少々刺激的な仮説を立ててみる。
10年もの物価連動債利回りから
実質金利の近似値とされる物価連動債利回りを見てみる。
10年のところを見ると、1月末に日米でほとんど同水準になった後、2月末はドルが-0.28%、円が-0.1%となっている。
ドルの実質金利の方が低いのだ。
仮にこの物価連動債利回りがそこそこ実質金利を指し示していると仮定しよう。
教科書に書いているように、長期的には為替レートは両国の物価上昇率の差を反映すると仮定しよう。
すると、長期投資家であれば日本人であろうがアメリカ人であろうが、為替ヘッジなしでも円に投資した方がましということになる。
ならば、円高が進むはずだが、必ずしもそうなっていない。
実績のインフレ率で計算した場合
物価連動国債だけでは少し心配なので、名目金利と足元の物価上昇率からも検証しておこう。
2月末の名目長期金利はドルが1.13%、円が-0.153%。
1月のCPIコア指数は米が2.3%、日本が0.8%。
この差を実質金利とすると、ドルが-1.1%、円が-0.9%となる。
(物価連動債利回りと絶対的水準が異なる主因は、ここで使っているインフレ率が期待インフレ率でないため。
期待インフレは足元のインフレよりはるかに低くなっている。
つまり、市場は将来のインフレ率低下を見込んでいる。)
絶対的水準こそ違うが、大小関係は同じだ。
なぜ円が買われないのか
このように、長期ゾーンの実質金利は円の方がドルより高くなっている(マイナス幅が少ない)。
では、なぜ日本人はもっと劇的にドルを円に戻さす、アメリカ人はドルを円に変えないのか。
それは、短期でまだドルの妙味が大きいからではないか。
1年もの利回りはドルが1.41%、円が-0.218%。
CPIコアを差し引いて実質ベースにすると、ドルが-0.89%、円が-1.0%。
まだかろうじてドルの方がましだ。
今米国債が買われている理由はリスク・オフの受け皿である。
今の低金利が長く持続する保証はない。
つまり、デュレーションの長い債券に投資することには大きなリスクをともなう。
短期債の利回りが高いことは、逃避先を求める投資家にとっては好都合かもしれない。
いや、あるいは、もはや選択肢がなくなりつつあるというべきか。
不吉なインプリケーション
仮に、米短期金利がまだそこそこ高いために円が買われていないのなら、これにはとても不吉なインプリケーションがある。
事態が改善せず、FRBが実際に利下げをしたらどうなるだろう。
(それはすでに既定路線になっている。)
あっという間に米短期債利回りは下がり、魅力のない逃避先になってしまうかもしれない。
そうなれば、ある程度の量が円に向かい、本格的な円安に火が点くのではないか。
もちろん、金利が低下した刹那は、既存の米国債の投資家はキャピタル・ゲインを得るから、動きは早くないかもしれない。
しかし、特に米債投資に熱心だった日本の投資家のこれからの投資行動は変わっていくだろう。
そうなれば、次の景気後退期については、やはり、さらに一段の円高が優勢になると考えるべきなのではないか。
山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。
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