【書評】連続講義・デフレと経済政策 アベノミクスの経済分析 (1)
慶応義塾大学 池尾和人教授によるアベノミクス解説本。
アベノミクスをめぐる一つ一つの論点を、経済学的な裏づけを紹介しつつ解説している。
リフレ政策をめぐる論争もずいぶん煮詰まってきたと感じる。
最近ようやくこのテーマに対する冷静な著書が増えてきた。
この本も、劇薬であるリフレ政策の明るい面(狙い)・暗い面(副作用)が冷静に語られている。
リフレ政策の是非については学者的論争は山を越えたのではないかと思わせるところだ。
現実の世界で成功するか否かは、日本や世界の行く末を見守ることになろう。
池尾教授は行く末(リフレ政策の出口)について
長期国債を中央銀行が購入する場合には、デフレ脱却という目的を達成したときには、必ず損失が発生する
と予言している。
本書はぜひ薦めたい良書であり、この書評も少々長く書いてみたい。
一番面白いところから紹介しよう。
「はじめに」のところで、池尾教授は「大胆な推論」を述べている。
量的・質的金融緩和が(海外要因の好転等に助けられて)意図したのに近い成功を収める、即ち、景気の改善を伴うかたちで2%前後の消費者物価上昇率を達成する可能性は1-2割程度ではないか
と異次元緩和の実現性の低さを指摘している。
一方、低俗な終末論にも釘を刺す。
国債に対する信認を傷つけるなどして悪い金利上昇を引き起こしてしまうといったリスクが顕在化する可能性も1-2割程度ではないかとみている。
逆に言うと、当面は7割程度の確率で資産価格の大きな変動は見られても、実体経済(物価)面ではそれほど劇的な変化は起こらないのではないか
と指摘する。
池尾教授はこれを「大山鳴動、ネズミ1匹」と表現しているが、筆者はこの高名な学者が勇気を持ってとったポジションについて2つ思うところがあった。
1つ目は、やはりアベノミクスの行く末は暗いということ。
もしも池尾教授が言うように資産価格が上昇するだけで実体経済がそれほど劇的には変化しないのだとすれば、これは政策の失敗と言うべきなのではないか。
もちろん、実体経済は最近の金融・財政政策によってプラスに向かっている。
しかし、今程度のプラスにとどまるなら、リフレの副作用・財政政策の反動を勘案すれば、総じてマイナスと考えざるをえない。
そんなところから、金融市場では日銀の追加緩和を予想する向きが多いのだと思う。
もう1つは悪い金利上昇の確率が1-2割もあるということ。
これはもはやテール・リスクとは呼べないし、ファット・テールと言うべきでもないだろう。
3σとは言わないが、2σのテールとしても2.3%程度の確率でなければいけない。
「ネズミ1匹」が7割であるとするなら、これは1σのリスク管理をしていることになるが、これではリスク管理にはならない。
もはや「悪い金利上昇」はテール・リスクではなくなっている。
メイン・シナリオが「ネズミ1匹」の7割としても、2つのサブシナリオの1つとして国債急落を勘案すべき時がきているのである。
池尾教授のざっくりとした確率分布のイメージがあたっているとすれば、これが実務に与えるところは極めて大きい。