【書評】円安vs.円高 どちらの道を選択すべきか
この数年日本のハイパーインフレを予想し続けてきた藤巻健史参議院議員が宿輪純一氏とともに著した。
藤巻氏は選挙に出馬する直前に本書を上市している。
MONEXの松本大社長は、藤巻氏の
円安 → ハイパーインフレ → ガラガラポン → 日本再生
という議論を「藤巻さんのお家芸」と称した。
そのお家芸が余すところなく書かれている。
ただし、この本が上市されたのは、異次元緩和スタート後。
いくつか面白い指摘がある。
かつての「株・不動産バブル」でも、現在の「国債バブル」でも国内に資金が滞留しますから、円安に動くはずがありません。
つまり「円高バブル」も同時に引き起こされているということになります。
日銀がベースマネーを増やす政策をとっても、マネーが国債投資に回るなら景気は回復しないし、円安も進まないという指摘だ。
期待先行で円安が進んだものの、それは本質的なメカニズムがあってのことではない。
実際、現在、円安の進行が停滞している。
ほとんど全ての市場参加者が円安方向を予想しているのにである。
量的緩和にドル円への上昇圧力は乏しいのだろう。
それでも市場参加者が円安を予想するのは、米国側の利上げが意識されるようになっているからであろう。
ところが、米QEもまた、一本調子に進むかどうかわからない状況だ。
さて、藤巻氏が考える日本の未来とはどのようなものだろうか:
今、大幅円安が進むと、財政破綻が早まることになると思っています。
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その破壊がどんなに過激であっても、それはいわゆる「創造的破壊」であり、最終的には市場原理が機能して日本は再生すると、私は確信しています。
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もっとも、日本国が本当に”倒産”するとは、私も思っていません。
なぜなら、国にはハイパーインフレにして莫大な債務をチャラにしてしまう方法がとれるからです。
(参考:国債暴落のシナリオ検証(3)国債調整の3つのシナリオ)
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国と国民の関係で言うと、ハイパーインフレは実質的な借金棒引きであり、大増税と同じです。
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近年は世界で売れる製品を作れず、「ガラパゴス」などと揶揄されることの多い日本のものづくり全般が、大幅円安によって息を吹き返すに違いありません。
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こうした円安の恵みを最も直接的に享受できるのは、主に企業や働き盛りの個人です。
逆にわれわれ高年齢層は円安のメリットが効いてくる前に、より多くのものを奪われる可能性が高いでしょう。
これが藤巻氏の言うガラガラポンの後の日本の再生である。
とても的を射た予言だとは思うが、いくつか注意が必要だ。
円安で輸出が本当に増えるのか。
短期的には数量ベースの増加が見えないのが足元の状況だ。
(参考:国際局長:円安の輸出増効果を否定)
では、長期的にはどうなのか。
円高よりは円安の方がいいだろう。
しかし、それだけで再生すると「確信」してしまうのは、金融界の浅はかさでもある。
ガラパゴス諸島の生き物に数年トレーニングしたからといって、外界の野獣を捕って食うほど強くなるとは限らない。
国の教育・国民のメンタリティを変化させるには、あまりにも長い時間がかかる。
一方、海の向こうにはハングリーな競争相手がひしめいている。
やらねばいけないという決意と、やってうまくいくという「確信」とは別物だ。
藤巻氏は「伝説のトレーダー」。
肌で感じた気配を敷延して、瞬時に判断し、意思決定する。
その思考回路は、常人にとっては乱暴に映る。
肌に感じた気配から、類まれなるバランス感覚で全体を知ってしまう。
その気配を説明されても、常人には枝葉にしか感じとれない。
主だった反論にはきちんと答が用意されているが、能弁すぎて、かえって心配が増す。
藤巻氏が「確信」するからと言って、それを信じて命を託していいものか。
この本が、「通貨政策」(≒円安誘導)を説くものだから仕方がないが、円高についての深堀りも少なすぎる。
円高を是としたら、本当に日本の生き残りはないのか。
円高を容認するありようは本当に想定できないのか。
(参考:ジム・オニール:日本はハッピーな不況を甘受すればよい)
( :Bloomberg:「日本流」を見直すべき)
そこが足りない。
円安ありきの議論だから、すぐさま肯定することができない。
とは言え、筆者は藤巻氏の主要な主張について(程度の差こそあれ)ほとんど賛成だ。
しかし、それが社会で受け入れられるためには、丁寧な議論が必要となるのだろう。
筆者は政治には期待していない。
だから筆者が言えるのは、政治がかくあるものとして、私たちがどう立ち向かっていくかだけになる。
(参考:金利上昇にベットするアイデア(1)過去の金利推移を見直してみよう)