【書評】バカの壁
養老孟司 東京大学名誉教授が2003に上梓し、ベスト・セラーとなった本。
この時期は、まさに前回の量的緩和たけなわの時期であった。
圧倒的なベスト・セラー本であり、本の主題はいまさら語るまい。
本書の中から、経済にかかわる部分を紹介しよう。
この脳科学者は、マネーを「脳が生み出したものの代表」と指摘し、経済を2つに分類する:
- 実の経済: 実体経済
- 虚の経済: 金を使う権利だけが移動している経済
後者は金融経済と似た概念と言えよう。
こう概念を整理した上で、虚の経済についての問題点を指摘している。
日本政府なり、世界中なりが、経済統計のみを問題にしているということです。
経済統計というのは非常に不健康な部分を持っている。
なぜなら現在のように紙幣が自由に印刷できるという状況だと、統計そのものが「花見酒経済」になっているからです。
・・・
この二つの経済は、区別されていません。
が、実はきちんと分けていかなければいけない。
著者は金融・経済の専門家ではない。
しかし、その指摘は直観的で常識的なものだ。
量的緩和によって底上げされている経済統計にどこまでの意味があるか。
大きなどんぶりの統計が本当に津々浦々の日本人の幸福を示しているか。
私たちの課題はほとんど変わっていない。
虚の経済を区別し実の経済に注目とすれば、それは何を意味するか。
通貨政策においては、自然と兌換券が俎上に上がってくる。
仮に兌換券という考え方が正しいとすれば、最終的な兌換券の根拠となるのは何か。
それはエネルギーになるのではないか。
石油や電力量を引き当てにした兌換券のアイデアが語られている。
ここには、環境問題を食い止めたいとの思いもあるようだ。
経済に必須のものを価値の基準に据えたいという思いは、数年前までのコモディティ・ブームを支えた考え方と通じるものがある。
昨今の原油相場・コモディティ相場を見るかぎり、このアイデアがうまくいかないのは明らかだ。
原油の価格変動の大きさは生活必需品に比べはるかに大きい。
むろん、原油価格自体が先進各国の金融緩和政策の影響を強く受けている。
しかし、それを排したとしても、変動幅が十分に小さくなる保証はない。
そうした価値変動の大きなものを価値の尺度に取ることは得策ではない。
ここでは、こうしたアイデアが出された背景だけを受け取っておこう。
結局、私たちは「脳が生み出したものの代表」たるマネー、おそらくは不換券を使い続けなければならない。
そして、脳内に映し出される幻影が消えてしまわないか、時々思い出しては冷や汗をかくのだろう。