【書評】現金の呪い-紙幣をいつ廃止するか?
最後の暗号通貨は政府がコントロール
通貨革命を起こそうとした人々が過去千年間で学んだのは、このゲームで恒久的に政府を打ち負かすのはまず無理だということである。
というのもこれは、政府が勝つまでルールを変えられるようなゲームだからだ。
仮に優れた暗号通貨の技術が確立されれば、政府・中央銀行がそれを用いて暗号通貨を始める。
政府はその暗号通貨にお墨付きを与え、結局それが圧倒的なシェアを得ることになる。
最後に残る暗号通貨は政府が運営するか、あるいは完全に管理できるものになるだろうという。
暗号通貨は「複雑な取引や契約に従来の通貨よりはるかにうまく対応できる」ため、マイナス金利の付利などたやすいことになる。
強大な権力を委ねる相手
最後に巻末の「解説」で一橋大学 齊藤誠教授が提起している問題を紹介しよう。
「国家の側に明らかな正義がなければどうであろうか。」
確かにロゴフ教授の議論には国家は常に正しいとの前提があるように読める。
ところが、まさに教授の足元でそれが疑われている。
仮に、人種差別主義を抱く某超大国の指導者が、気に入らない出身国の市民・気に入らない人種の国民から電子化された現預金を電子的に効率的に収用したとしたらどうだろう。
これと似たことを、第二次大戦中に米国内の日系移民は経験している。
原爆と同じく日本人が忘れてはいけない視点なのかもしれない。
また、同じことは中央銀行への信頼感についても言える。
ロゴフ教授は、日本こそ脱現金を行うべきとして、4つの理由を挙げている。
しかし、日本では過去数年かつてないほど金融政策の是非に対する見方が分かれている。
現預金の大半を政府・日銀の直接的管理が可能な状況に置くならば、さらに強大な影響力を持つことになる日銀のガバナンスに対する苦言も出て来よう。
不正を減らすために現金をなくすことの意義は大きい。
私たちが毎度聞かされる、常識をわきまえない《政治献金》についての言い訳を思い出すにつれ、政治家・官僚こそ現金を持つべきでない人たちだと思う。
しかし、そう言い始めた途端に、彼らは民間人の自由を守るべきと言い出して、何も起こらないのであろう。