【書評】不道徳な見えざる手
別著『アニマル・スピリット』でもタッグを組んだジョージAアカロフとロバート・シラーによる経済書。
「自由市場は人間の弱みにつけ込む」との副題がついている。
原典は2015年出版の『Phishing For Phools』。
Phishというのはネットの世界でFish(釣る)ことを指し、Phoolは同じくFool(愚かで騙される人)を指す。
つまり、原題は《カモ釣り》の意であり、本書一冊をかけて人間社会における騙しを解説している。
本書には2つの側面がある:
1) 単純に考えすぎて間違うことへの警告
2) 経済学のアプローチの問題点
単純すぎる市場至上主義・自由至上主義
「ほとんどの国は自由市場に対する敬意を学び、ほとんどの場合それは適切なことだ。
自由市場は高い生活水準をもたらす。」
本書は決して自由市場を軽んじろと言いたいわけではない。
むしろ、基本線としての自由市場の重要性を認めている。
その上で、行き過ぎた賛美を慎むよう説いている。
「あらゆる適切な前提がすべて本当に整合していれば、市場はかなりうまく(教科書で述べるとおり)機能するかもしれない。
でもだれにでも弱点はあるし、だれでもしばしば、手持ちの情報は完全でなかったりする。
そしてしばしば、人々は自分が本当に何を求めているのか、なかなかわからなかったりする。」
つまり、各経済主体は完全な情報を得ているとは限らず、仮に得ていたとしても常に合理的な行動を行うとも限らないのだ。
ここにカモ釣りの余地がある。
本書では新自由主義を唱え米国を率いたロナルド・レーガンの言葉を引いている。
「この現在の危機においては、政府は問題の解決策ではない。
政府こそが問題なのだ」。
こうしてレーガン政権は小さな政府を追及することとなったが、この言葉には大きなカモ釣りが存在する。
「政府こそが問題」という命題にはどのような十分な論拠があったのだろう。
もう少し詳しく言えば、政府が効率的に運営されるべきと言えば、どこから見ても正論である。
しかし、それと政府を小さくする話とは別物だ。
それでも人々は「政府こそが問題」といった短く歯切れのいいアピールに魅了される。
政府を批判する内容だけに、ジャーナリズムからの受けもよくなってしまう。
カモは見事に釣りあげられてしまうのである。
「人々は自分が本当に何を求めているのか、なかなかわからなかったりする」とはドキリとさせられる指摘だ。
原典が出版された2015年、ドナルド・トランプが大統領になると予想した人は極めて少なかったはず。
それなのに、現在を予想していたかのごとき言葉ではないか。
不遇をかこつ人たちがトランプを選び、そのトランプが企業や金持ちを優遇するような政策を進めている。
まさに、トランプがPhishし、Phoolが従ったのだ。
(次ページ: Phoolから目を逸らす経済学)