【輪郭】日銀が円高の火を消せないわけ

高すぎる目標は期待をアンカーできない

では、なぜ日銀の金融政策は物価目標を達成できないでいるのか。
日銀は2%物価目標が「インフレ期待を2%程度にアンカーすることに」なるともくろんだのだが、実際にはアンカーしなかったのだ。
なぜか?
日本の社会・経済の実体から言って、2%の実現可能性があまりにも低かったのが一因だろう。
(日銀は、期待による(フォワードルッキングな)効果が想定ほど高くなかったとの見解を示しているが、それは信じがたい。
仮にそうならば、期待に働きかける政策を取りやめるはずだからだ。)

ニューケインジアンは、人々に期待を植えつけることができれば、その期待が実現するよう(部分的にせよ)作用すると考える。
喩えるなら、子どもが将来サッカー選手になると期待すれば(期待しないより)実現する可能性が高まるといった感じだ。
確かに、期待しないよりは期待する方がサッカーの練習に真剣に励むのだろう。
しかし、子どもが将来スーパーマンになると期待した場合はどうだろう。
その子がクリプトン星人でない限り、実現はしない。
スーパーマンのコスプレは出来ても、どんなに期待しても生身で空を飛んだりはできない。
つまり、期待にはある程度の実現可能性が必要だ。
子どもが期待のためにサッカーを練習するのと、空中浮遊を練習するのと、いずれが実りある苦労だろうか。

2%にこだわる理由その2

民間エコノミストの多くが続けてきた批判の1つがこのことであった。
物価目標をより現実的な(例えば)1%にすれば、もっと有効にインフレ期待をアンカーできるのではないか。
2%はその次でもいいのではないか。
しかし、日銀の考えは違った。
2%に固執するからこそ、たとえそれより低くてもインフレ期待をアンカーできていると考えているようなのだ。
これを1%に下げてしまえば、インフレ期待がさらに低下してしまうという考えだ。

こうした考えからすれば、日銀が2%を取り下げることは考えにくい。
仮に起こるとすれば、それは日銀が金融正常化を決心する時だけだ。
それまでは心の中で思っていても、黒田総裁のように決して口にできないことになる。
インフレ期待のアンカーを外さないために、出口が近いことさえ人々に感じさせるわけにはいかない。
(本当かどうかわからないが、少なくとも日銀はそう考えているように見える。)

手の内を見透かされる日銀

市場はそれを知っている。
投資家はバカではない。
日銀が信じ込んでいるロジックを市場参加者は見抜いている。
だから、黒田総裁が金融政策正常化や出口の検討を否定しても当たり前と受け取っている。
海外で景気のいい話が続く中で、黒田総裁が否定を繰り返すたびに、自分たちの読みが正しいと確信を強めているのだ。

では、黒田総裁はどのように正常化サプライズを打ってくるのだろう。
この予想には、民間で流れている物価1%という節目予想を吟味する必要がある。
現状の長期金利ターゲットは(名目)長期金利ゼロ%というペッグである。
これは、インフレ率によってどういう実質金利と対応するのだろう。

  • インフレ率が0% → 実質金利はゼロ%
  • インフレ率が1% → 実質金利はマイナス1%
  • インフレ率が2% → 実質金利はマイナス2%

2016年9月の日銀の「総括的な検証」では、日本の自然利子率を概ね(実質)ゼロ%としている。
インフレ率が0%では実質金利≒自然利子率となり、景気に中立的でしかない。
これでは金融緩和にならない。
インフレ率が2%なら実質金利はマイナス2%と、かなり自然利子率より低くなるので景気刺激的だ。
ただ、円の保有者が毎年2%も購買力を失うとは、別の意味でも刺激的だ。
購買力の低下を嫌がって支出を増やしてくればいいが、逆に無駄遣いを減らし貯蓄を増やす可能性もなくはない。
この段階では日銀や政府に対する批判は厳しくなっていくだろう。

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