1人一律10万円というワケのわからない給付金
理由はよくわからないが、政府が10万円くれるらしい。
こんな大金くれるなんて、きっと大金持ちなのだろう。
政府と与党が、コロナウィルスの感染拡大を受け、国民1人あたり10万円支給することを決めたらしい。
国民1人1人、ウィルスの影響は異なるのだろうから、一律支給というのは何とも奇妙だ。
とは言え、これが困っている人に迅速にお金を届けるためというなら意味がある。
減収世帯など濃淡をつければ、手続きはどうしても煩雑になり、時間がかかるからだ。
一方、一律にするなら、限られた財源の中で、本当に困っている人に届く金額は減ってしまう。
一律10万円とするのはよい。
しかし、それなら収入減世帯に絞った給付も残すべき。
また、追って対象を限定した一律10万円の人頭税を課すべき。
そうでないと困窮している人を最大限支援できない。
ジェフリー・ガンドラック氏は「すべての人を救済するなら、実際には誰も救済されないことになる」と書いた。
出来上がりの「一律10万円支給」では、何のための政策かわからない。
たいして困っていない人にも支給するのはなぜなのか。
これでは、連立与党の選挙対策と言われてもしかたない。
一部野党も含めて、お金を出す話ばかりになっているのも危うい。
確かに今は困っている人を助けるのに躊躇してはいけない。
しかし、それが正しいとしても、そのことが財政に限界がないことを示すわけではない。
おそらく、財政には限界がある。
この政策はその後に起こるマネタイゼーションと組み合わせ、かなり忠実にヘリコプターマネーを体現している。
日本の社会実験も行くところまで来た。
何が起こるのか。
みんなが笑ってバカにしてきたようなシナリオが実現する確率は高まるのだろう。
引き続き笑い続けられることを祈ろう。
以前リフレ派の一部は、インフレになれば引き締めればいいと言った。
MMT論者は、インフレになれば緊縮すればいいと言った。
今回の展開を見て、何か苦境が訪れた時、金融や財政を引き締めるという話にはなりにくいのだと痛感する。
リフレやMMTが絶対にダメとは言えないが、相当に余裕を確信できる時に限定して利用するものなのだろう。
日本の社会実験について、少なくともアイテムの上では、やり尽くし感が出てきた。
程度の問題はまだ残っているのかもしれないが、リスク・シナリオの蓋然性は一歩一歩高まっている。
これは投資に大きな影響を及ぼすだろう。
レイ・ダリオ氏やジェフリー・ガンドラック氏の悲観論を斜に構えながら聴いていた人たちも、さすがに考えるところがあるのではないか。
「現金はゴミだ」というフレーズが感傷的過ぎるとも言えなくなってきた。
備えとして何をすべきか。
すでに彼らが教えてくれている。
ただし、そこで挙げられた方法は、ピカピカではあっても決してワクワクするようなものではないのかもしれない。
(この投稿は、浜町SCI 山田のツイートを元に、調査部が大幅に加筆したものです。)