FRB物価目標変更のインプリケーション
パウエルFRB議長が27日ジャクソンホールでのシンポジウム(ビデオ会議)で2%物価目標についての大きな変更を発表した。
かつてのインフレ率2%を目指すとするものから、ある期間の中での平均が2%になるよう、短期間のオーバーシュートを認めるというもの。
昔からバーナンキ元議長などハト派の論客が主張していた「取り戻し戦略」、「物価水準目標」のような考え方だ。
こうした考え方に強く反対するわけではないが、これは理論の話ではなく、タクティクスの話だ。
長く金融緩和を続けたい、あるいは、そういうポーズを取りたいというだけの話である。
債券王ジェフリー・ガンドラック氏は以前からFRBの政策変更を予想し、厳しく批判してきた。
FRBは、過去インフレが2%を割った部分まで取り戻さなければいけないようなことを言っている。
どんな意味かさえ理解できない。
過去10年物価目標が2%で実績が1.5%だったからといって、誰も気にしない。
それが何なんだ。
恐れていたデフレではなく、まだインフレだったんだ。・・・
どんな経済理論が『将来のインフレは任意の平均を達成するように過去のインフレ(の未達分)を取り戻さなければいけない』というんだ。・・・
そんなのは、金利をインフレより低くするのを目標にしたいという本当の理由のための理解不能なお役所言葉だろう。
ガンドラック氏の主張は正しい。
では、聡明なパウエル議長が、なぜこうした「お役所言葉」を弄するに至ったのか。
これには2つの理由があろう。
1つは早期の金融引き締めの回避だ。
異例の拡張的財政・金融政策等により、特に米国ではインフレを予想する人が増えてきている。
仮にコロナウィルスが来年にも克服され、経済回復・インフレ上昇となれば、これまでの建前に従えば、FRBは引き締めに転じざるをえなくなる。
しかし、その頃まだ雇用は十分に回復していないだろう。
だから、金融緩和を継続できる素地を作っておきたい。
そのためには2%をゴールとする物価目標では都合が悪い。
以前の考え方ならば、2%達成前、2%が見えてきた時にブレーキを踏む必要があった。
もう1つは、早期の金融引き締め期待の排除だ。
インフレが上昇し、金融引き締めが近いかもしれないと感じられれば、経済・市場は実際の引き締めがなされる前に自主的に引き締まってしまうかもしれない。
それを回避したい。
だから、金融引き締め開始を意識させないように、物価目標をオーバーシュート可としたかったのだ。
新目標の導入はかねてから予想されていたのでサプライズはない。
時期が少し早まった程度の話だ。
米市場の反応を見る限り《事実で売る》という動きにはならず、素直に好感しているようだ。
金融緩和が長く続くとの確信はいっそう強まったのだろう。
今回の宣言により、高値圏で不安の壁を登っていた市場(株や金)の想定により安心感が生まれた。
流動性相場が強まるだろう。
リスク・不確実性が高いのにリスク資産を買わざるをえない。
お金がバラまかれたら消費・貯蓄に回るが、今は消費に回りにくい。
インフレの可能性が高いなら現預金や債券は不利だ。
だから理屈どおりリスク資産が買われる。
ウィルスが克服されれば、お金が消費に回り始めるが、そうなれば経済回復が進み、使われたお金は再び他の人のお財布に戻る。
これもリスク資産にプラス要因だ。
外生要因(通商摩擦やウィルス再燃等)で下げても押し目買いで跳ね返されてしまうかもしれない。
残る大きな下げ要因は、やはり金融引き締めなのではないか。
ここで問題になるのは、どれだけの期間のインフレの平均が2%となれば良いのか。
ここに客観的な数字は見出しにくい。
ガンドラック氏が言うように、インフレの平均をとることに理論的・実証的裏付けがあるとも思えない。
仮に過去の未達を取り返さなければならないなら、過去の未達による副作用をオフセットするために早く利上げすべきとのへ理屈も(現実的かどうか別として)ありえる。
つまり、平均をとるとか、どれだけの長さとるかは極めて恣意的な判断となる。
おそらく数字を厳格に約束しないまま進む、あるいは後で自由自在に変更することになるのではないか。
金融引き締めはいつ起こるのか。
ハッピー・エンドなら、雇用が包摂的に回復する時となるが、そこに至るまでにはいくつか試練が待ち構えていそうだ。
その前にインフレが昂進したり、金融資産がバブル化して社会・政治問題化するのではないか。
そして、2013年(テイパータントラム)のように引き締めが突然サウンドされる。
こんな展開になるのではないか。
おそらく、それまでには相当に長い時間がかかるだろう。
どんなに短くても1年ほどはありそうだ。
それまで米国株や金などは(調整をはさんで)強気相場が続く可能性がある。
(ただし、同時にドル安となる可能性がある。)
日本株は米国株ほどには期待できないだろう。
日本でもかなりのバラまきがなされているが、日本人の消費性向はやはり低く、今回もそうなれば財政刺激策がたいした効果を発揮せずに終わるかもしれない。
それでも、決して今後1-2年ことさら悲観すべきではないのではないか。
山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。
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