バフェット氏の商社への投資の狙い
ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハザウェイが先月31日、日本の大手商社5社に5%超の持分を有していることを発表した。
この投資は何を意味するのだろう。
もちろん真意はバークシャー経営陣にしかわからないが、かなりの部分を想像することはできるはずだ。
いわゆるバフェトロジーには当てはまらない
読者は、日本の商社の業務内容を何だと考えているだろうか。
大手商社の本業は、モノを買って売る卸売業ではない。
大手商社の本質は「商社」ではないのだ。
大手商社の本業は、むしろ国内外の企業や権益に出資する投資会社だ。
強大ゆえにその業務(投資)範囲は多岐にわたり、顔の見えない事業体となっていた。
結果、それが嫌われて、新型コロナ発生前は株価バリュエーションも低位においておかれていた。
(皮肉にも、コロナ・ショックで利益予想が低下するにつれ、バリュエーションも少し持ち直している。)
こうした低バリュエーションをもって、これがバフェット銘柄だと考えるのは早計だ。
バフェット氏のキャリア中期に好んだ銘柄とはいくつかの点で大きな違いが存在する。
バフェトロジーと呼ばれてきた選別法では、理解可能な事業モデル、力強い収益力と財務の健全性、不可欠な存在であり独占的力を有すること、株価が割安であり将来の業績とともに株価上昇が見込めること、などいくつかポイントが挙げられてきた。
大手商社はこのいくつかの点で当てはまらない。
では、大手商社への投資はバークシャーにとってどのようなメリットがあったのか。
債務とのマリー?
1つの形式的な説明は、同社の円債残高(6,255億円)とのマリーだ。
この円建て債券は、まだ日本の方が米国より金融緩和に積極的と考えられていた頃に発行されたものだ。
つまり、円金利は安いし、円はまだ弱い基調が続くだろうから、円でも借りておこうとなったのだろう。
ところが、その事情はコロナ・ショックで劇的に逆転した。
米国の金融緩和の規模は他国を凌駕しており、ドルもゼロ金利に並んできた。
今やドルの方が相対的に弱含みの通貨となった。
こうなると、為替ポジションをスクエアに保つことが重要になる。
もちろん為替予約等で対応することができるが、長期の予約はコストがかかるし、短期なら煩雑で少々リスクが残る。
円で調達したものを円で運用できるのが理想なのは間違いない。
ただし、この説明には明らかに無理がある。
バークシャーが円債を発行したのは昨年9月と今年4月。
商社5社への投資は約12か月かけて増やしてきたというから、資金調達の時期には投資先の目星もついていたことになる。
つまり、投資したいから調達したという方が正解に近いのだろう。
新興国・資源へのアクセス
次に思いつくのが、日本の大手商社が保有する新興国の事業や権益への関心だ。
これは大いにありうるシナリオであり、この場合、バフェット氏の狙いは日本というより日本以外にあるといった方がいいのかもしれない。
本来ストック・ピッカーであったはずのバフェット氏が、今回は大手5社にほぼ同率程度の投資を行うという不思議な買い方をした。
これが純粋な銘柄選択でないことは明らかだ。
こうした投資を選択したのは、かつてのミッドアメリカン(現在のバークシャー・ハザウェイ・エネルギー)のような使い道を考えたのかもしれない。
ミッドアメリカンはバークシャーに買収されると、バークシャーのエネルギー部門として同分野の投資を奨めてきた。
いわば、エネルギー分野でのゲート・キーパーのような役割を果たしてきた。
リリース文では、バフェット氏のコメントとして、大手商社の世界中での合弁に言及している。
もしも、今回の投資の延長として、大手商社がバークシャーのゲート・キーパーを務めるような展開がありうるのなら面白い。
なにしろ、この株主はお金をたくさん持っている。
日本の大手商社の活躍の場は(主役でないかもしれないが)大きく広がるかもしれない。
コモディティ・プレイか?
商社と聞いてコモディティへの関心を連想した人もいるだろう。
米市場でのインフレ懸念の高まりに加え、バークシャーが第2四半期の報告書でカナダの産金会社Barrick Goldへの投資を開示したことが注目されたからだ。
ただし、こうした見方の結論にはまだ時間を要する。
- バフェット氏はこれまで金をはじめコモディティ投資には消極的だった。
- Barrick Goldへの投資は報告された資産のわずか0.27%にすぎない。
- 商社は最近は資源よりむしろ非資源に注力していた。
日本の商社が資源権益をバークシャーにバルクで売るというなら面白いが、そのためにはバークシャーが幅広い資源・コモディティ買収に乗り出すという意思決定があるはずだ。
今のところそこまでの気配は感じられない。
日本へのゲート・キーパーになれるか?
リリース文では「日本と投資先として選定した5社の将来に参加できることをとても喜んでいる」との記述があった。
ほとんどのメディアはこれをサービス・トークと見て報じなかったようだ。
それにしては「日本」をわざわざ入れたところが気になっている。
大手商社には確かに世界中の産業・資源についての情報が集まっている。
それと同時に、外資には得難い国内産業・企業の情報も集積している。
この価値を見ずして、5社に5%ずつ(さらに9.9%まで)などという大金を投じるだろうか。
単なる提携、それが業務提携であれ資本提携であれ、単なる提携であるならば、話し合い、組めるところと組めばいい。
わざわざ大手5社にほぼ同率で投資したりしない。
バークシャーは9.9%までの投資の可能性を示唆している。
この上限は規制上の都合であると同時に、投資先や当局を刺激したくないという配慮だろう。
仮に今後、友好的に話が進み、当局も許容するなら、より強い結びつきも可能性としては存在するのだろう。
その時、バークシャーが商社の持つ国内での情報力・コネを度外視するだろうか。
そういった希望的観測をしてみる。
日銀が効果の有無もわからず買い続けてきた株式等をバークシャーが全部買ってくれればいいのに、そんなありえない夢さえ見たくなるのだ。
山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。
本コラムは、筆者の個人的見解に基づくものです。本コラムに書かれた情報は、商用目的ではありません。本コラムは投資勧誘を行うためのものではなく、投資の意思決定のために使うのには適しません。本コラムは参考情報を提供することを目的としており、財務・税務・法務等のアドバイスを行うものではありません。浜町SCIは一定の信頼性を維持するための合理的な範囲で努力していますが、完全なものではありません。本コラムはコラムニストの見解・分析であって、浜町SCIの見解・分析ではありません。