【メモ】バラッサ-サミュエルソン効果

最近久しぶりにバラッサ-サミュエルソン効果という言葉を聞く機会が増えたような気がする。

バラッサ-サミュエルソン効果とは、消費者物価が先進国より後進国で高くなる傾向とその因果関係を示すモデルのこと。
円安傾向あるいは日本国内の物価が相対的に低いことが、日本が貧しくなったことを反映しているとの文脈で引かれている。

この経済モデルの要所は、貿易財における生産性が高い国が低い国より物価が高くなるという主張にある。
いくつかポイントを挙げると:

  • 輸出入が可能な財の価格は国際的にかなり裁定が働いている(一物一価に近い)。
  • 経済発展過程では、貿易財部門の方が非貿易財部門より生産性が先に上昇する傾向がある。
  • 貿易財部門で生産性が上昇する国ほど、同部門の賃金が上昇する。
    生産性上昇による賃金上昇だから、コストは上昇せず、国際競争力に影響を与えない。
  • (労働市場における裁定により)貿易財部門に引っ張られて非貿易財部門でもある程度賃金が上昇する。
    生産性上昇によらない部分はコストが上昇し、価格上昇につながる。
  • 貿易財部門における生産性の高い国(例えば先進国)ほど、物価水準は高くなる。
  • 国内の生産性格差(貿易財部門>非貿易財部門)が大きい国ほど実質為替レートが増価する。

さて、日本の物価が低く、円が弱いのは周知の事実だ。
1990年代半ばに始まったこの現象の真因はどこにあるのか。
1つのヒントが平成22年度『年次経済財政白書』にあるかもしれない。
平成22年(2010年)といえば、自民党から民主党に政権交代が起こった年の翌年。
統計のラグを考えると、この白書は主に麻生内閣までの時代の経済を眺めていることになる。
その中で、2000年代の日本における全要素生産性(TFP)上昇の果実がどこに配分されたかを論じた部分がある。
行き先は

  • 家計(実質賃金の上昇)
  • 企業(利潤の増加)
  • 海外流出(交易条件悪化)

の3つだが、濃淡が異なる。

第一に、80年代、90年代、2000年代のいずれの時期にも、TFP上昇の一部は実質賃金の上昇という形で家計へ分配されている。
ただし、2000年代については、家計への分配はTFP上昇率の半分以下となっている。
第二に、2000年代においては、TFPの上昇の過半が海外に流出している。
その要因として、2003年以降の原油価格などの高騰による輸入物価の上昇が挙げられる。
同時に、輸出主導型の景気回復の過程で、輸出物価の下落が海外の消費者にメリットを及ぼした点も指摘できよう。
第三に、業種別に見ると、電機・光学機械、一般機械、電気・ガス・水道などで海外への分配が多い。
例えば、電機・光学機械や一般機械は、効率改善の成果が輸出製品の価格下落を通じて海外に流出したためと見られる。
一方、家計への分配が比較的大きかったのは、保健衛生、繊維、自動車販売などであるが、いずれもTFP上昇率は低く(自動車販売はわずかにマイナス)、効率の改善なしに企業から家計へ所得分配がなされた形となっている。
以上をまとめると、2007年までの景気回復が実感の伴わないものとなった背景の一つとして、輸出業種を中心とする生産性上昇の成果が海外に流出し、実質賃金上昇の形で家計に分配されにくかったことが指摘できよう。

2000年代、生産性上昇の果実のうち、生産性が上昇した業種では交易条件の悪化により果実が海外に多く流出し、生産性の上昇が少なかった業種では家計への分配が多かったという話になっている。
賃金を牽引するのが生産性上昇だとすれば、賃金が上がりにくかったのも無理はない。

時代は変わって、アベノミクスは当初、異次元緩和により円安誘導をもくろみ、輸出主導型の景気回復を図った。
経済は最悪期を脱したが、景気回復の形は2000年代から大きく変わっただろうか。
構造改革が大切といわれて久しいところを見ると、かなり怪しい。
インバウンド需要の開拓では成功を収めたが、これも実は外需が形を変えたものであり、同様に果実の海外流出を引き起こすかもしれない。
まず足元で何が起こっているかを検証し、どう変えていくか議論されることを祈ろう。