投資家が陥りがちな3つの「常識」

多くの投資家も同じだと思うが、弊社では今いつになく真剣に投資戦略について精査を繰り返している。

理由は言うまでもない。
米国でインフレが上昇し、ぐずぐずしていたFRBがついにインフレ退治に本腰を入れそうだ。
テーパリングを加速し、今年早いうちに利上げを開始するだろう。
もっとも、理屈だけで考えて急ぎ過ぎてはいけない。
これまでの10年余りを振り返っても、心配のあまり急ぎすぎることは、遅すぎるのと同程度のマイナスを及ぼす可能性がある。

ここでは、弊社内での議論でいつも大きな疑問符が付く3つの思い込みについて紹介しよう。
私たち自身、解答を持っていないものもあるが、少なくとも問題の所在は知っておくべきだ。

円安は良いことだ

日本は外国為替が変動相場制に移行して以来、程度の差こそあれ、何とか円高を防ごうとしてきた。
輸出大国だった時代は当然のことだったが、日本経済の構造が大きく変化した今、円安が良いことか疑問視する人が増えている。
日本は経常黒字国だが、経常黒字を支えているのはもはや貿易黒字ではなく第一次所得収支だ。
これは、対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支であり、黒字であっても再び海外に再投資される傾向が指摘されている。
日本の経常黒字は、もはや経常的な黒字を意味するものではないのかもしれない。

ちなみに、過去を振り返ると、米国が利上げに動く前後は、日本株にとってはチャンスとなることが多かった。
金融引き締めは米国、欧州、日本の順に行われる傾向があり、この時期、円安に振れるために株高となりやすかったためだ。
しかし、投資家は円安で投資リターンが良くなるのを必ずしも喜んではいけない。

読者が日本で暮らす投資家ならば、資産の多くは円資産だろうし、収入のほとんどは円建てだろう。
円安はそれらの価値を下げる現象だ。
もちろん、円安より株高の方が変動幅が大きいから、正味で株式の価値は上がっているのだろう。
しかし、(少々厳しいかもしれないが)増価したのは株高から円安を差し引いた分と考えた方がよい。
さらに、円安でも増価しない資産は、正味で減価したことになる。

このため、このコラムでは度々、資産の時価評価を常に2つ以上の通貨建てで管理することを奨めてきた。
以前は円と米ドルで良かったが、最近は米ドルを危ぶむ人もいる。
そういう人は、自分が信頼を寄せる通貨建てでも管理するとよい。

市場サイクルは繰り返す

米国では多くの場合、FRBが利上げを始めるとしばらくして市場がピークを打ち、次いで景気後退が起こってきた。
その度に深めの弱気相場に移行してきた。
それに連動して、日本株もかなり深い弱気相場となってきた。
弊社では、今回もそれがメインシナリオだと考えている。
しかし、これは絶対ではない。

何人かの高名な投資家が話すジョークにジンバブエ株についてのものがある。
かつてジンバブエはハイパーインフレに悩まされ、今も立ち直ったとはいえない状況だ。
同国が高インフレに喘ぐ間、名目株価は上昇することが多かった。
理由は簡単だ。
インフレだったから。

ジンバブエは明らかに極端なケースだ。
では、トルコやインドはどうか。
インフレや通貨安が進む間も株価は上昇してきた。
長い目で見て正味でどうかは国によって変わるのだろうが、とにかく名目株価は上昇している。
これらの国で現預金や債券を持っていた人はインフレの被害を受けた。
だから、どうしても国内に投資しなければならないなら、株式に投資すべきだったのだ。

レイ・ダリオ氏率いるブリッジウォーター・アソシエイツによれば、低金利・高債務の歪みの解消には2つのパターンがあるという。

  • デフレ的: デフレによりお金・信用が収縮する。この場合、資産デフレが起こる。債務は資産と表裏一体のものなので、過剰な債務が解消に向かう。
  • インフレ的: 資産価格はさほど下がらないが、ファンダメンタルズが追い付いてくる。経済のキャッシュフローが債務を正当化する。

明らかなのは、弊社のメインシナリオがデフレ的解消を前提としていることだ。
仮に、マーケット・タイミングを挑む投資家なら、どこかで市場から退出しようとするのだろう。
(弊社はロング・オンリーの長期投資なので、ほとんど退出の予定はない。)
このシナリオは、多くの人にとって《いつものパターン》である。

問題は、インフレ的解消が実現する場合だ。
経済の生産性が上昇するなどしてソフトランディングできるなら、名目株価はもちろん、実質株価もさほど下がらないかもしれない。
この場合、いつものようなマーケット・タイミングを仕掛けた投資家は(現預金・債券に退避することで)インフレの餌食になる恐れがある。
これが1つ目のリスクシナリオだ。

インフレ的解消には、それ自体にリスクが存在する。
経済のファンダメンタルズが十分に改善せず、結局インフレと高債務に悩まされるケースだ。
いわば慢性のスタグフレーションに発展する場合であり、これが2つ目のリスクシナリオになろう。

本当に「現金はゴミ」なのか、今回のサイクルではそれを真剣に考えた方がいいかもしれない。
ちなみに、弊社のメインシナリオは「現金はゴミ」でないとするものだ。
もっとも、ゴミであろうがなかろうが、バランス型のポートフォリオを堅持するのが基本戦略なので、どちらでも戦術が根本から変わることはないだろう。

日本株のバリュエーション

先日FPにおいて、日本株がジェレミー・シーゲル教授のモデル・ポートフォリオでNo.2の配分を受けていることを紹介した。
日本株のPERは低い。
まだ、日本市場では再開トレードが行き着いたようには見えないし、利上げ局面に恩恵を受けるとの期待も残っている。
日本株に期待するのは誤りではないと思う。
しかし、理由が重要だ。

このコラムで何度も言っているように、この時期、日本株のPERにはほとんど意味がない。
サイクル終期の日本株は低PERのところからでも急落するものだからだ。
日本企業の景気サイクルへの感応度は極めて高い。
世界経済が風邪を引くと、ある日突然、日本株のEPSは急低下、あるいはマイナスになってしまうかもしれない。
昨日まで低PERだったのに、突然PERが急騰または計算不能になるのだ。

つまり、サイクル終期、PERを見て《まだ大丈夫》だとか《もう危ない》だとか判断するのは無意味なのだ。
しばらくPERを忘れるぐらいの勇気を持った方がよい。

 
久しぶりに株式市場がワクワクする展開になりそうだ。
何の市場でもそうだが、やはりボラティリティのある市場に参加するのは楽しい。
一方で、十分に注意しないと大やけどを負いかねない。

この数年、このコラムやFPをお読みいただいた読者は、概ね大きく稼がれたことと思う。
今後ボラティリティが上がれば、それこそ投資家の腕の見せ所だ。
今年も皆さんが大いに活躍されることをお祈りしたい。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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