【休憩】日銀新総裁の英語はすごい

日銀の植田和男総裁によるECB金融政策フォーラムでの昨日の発言が朝からメディアを賑わせている。
中身はともかく、植田総裁の英語の美しさに驚いた。

日銀総裁や財務省高官になるような方々はもちろん優秀だし、英語も上手だし、気持ちもこもっている。
でも、それだけでは美しい英語、美しいディスカッションにはならない。
能力や気持ちに釣り合う語学力・胆力が必要だ。
さもないと、ブツ切れの文を並べたり、やたらと関係代名詞を乱用したり、相手の意図とすれ違ったりして、聞き苦しく曖昧なスピーチになりがちだ。

植田総裁の英語は素晴らしい。
他の人の発言・質問を受け止め、正面から返すところに誠実さを感じた。
(特に誰かと比べているわけではない。
誰かがそうでないというわけではない。
決して誰かと比べているわけではない。)

日銀が政策変更しない理由

さて、フォーラムでは、CNBCキャスターから、金融政策を変更しないのかとの直球の質問を受けている。

植田総裁の答は明解。
CPI総合こそ3%程度と、2%物価目標を上回っているが、基調的なインフレ(コアコアを指すものと思われる)は2%に達していない。
だから金融緩和を維持しているというもの。
サプライズのない回答だ。

結局のところ、先行きのインフレをどう見るかという話になる。
7月の展望レポートで日銀自体がどういう見通しを示すのかに注目だ。
ここで大きく上昇修正があるようなら、総裁のロジックに従う限り、7月の政策決定会合での政策変更さえありうることになる。

自信を持つには賃金上昇が必要

植田総裁は、その次の質問に答える形で含蓄のある答を返している。

基調的インフレの重要な決定要因である賃金上昇率に注目すべきだ。
理由があるのだが、これが現在2%程度だ。
もしも2%のインフレがほしいなら、それと整合する賃金インフレは、生産性上昇がプラスであるなら、2%より少し、またはかなり上である必要がある。
まだそこまで距離があると考えている。

まず、コロナ前、2%目標達成に迫った頃の米国を思い出そう。
この頃、米国の平均時給の伸びは、たとえば4%などで、インフレよりかなり高い水準にあった。
つまり、実質賃金は有意にプラスだった。

仮にインフレが2%になったとして、企業が賃金を2%上げれば、企業も労働者もまあ現状維持と言えるかもしれない。
この場合、インフレと賃上げのスパイラルが起こったとしても、それは現状維持程度のスパイラルだ。
しかし、それに加えて生産性が上昇すれば、企業はその分を労働者と分け合えるだろう。
つまり、生産性上昇と公平な分配は、企業と労働者の両方を豊かにしうる。
こうなって初めて、インフレと賃金のスパイラルが好ましいものとなる。
好ましいスパイラルだからこそ持続可能となりうる。

インフレと賃上げの好ましいスパイラルは起こるか

では、過去10年の日本はどうか。
実質賃金は横ばいだ。
平均時給で見ると少しましになるが、やはり横ばいだ。
(平均時給でましになるのは時短の要因だろうから、これがいいことか悪いことかは微妙だろう。)
これが示すのは、日本人は少なくとも豊かになっていないということだろう。

今年は賃上げがブームのように言われているが、以降、十分な賃上げは実現し続けるだろうか。
コアコアCPIが2%程度になっても、実質賃金が上昇しなければ、日銀は政策変更をしないかもしれない。
賃金上昇が十分でないと、基調的インフレへの自信が持てないかもしれない。
また、インフレと賃金の上昇率が同程度では、豊かになった、経済が改善したとは言えないだろう。

アベノミクスの時代、実質賃金が低下したことを責められて安倍首相(当時)が答弁したのが記憶に新しい。
日本ではインフレ下で実質賃金が上がりにくく、上昇するのはデフレの環境である傾向があると、いった内容だった。
自ら強烈なリフレ政策を後押しする中で、実に率直な回答だった。
賃金の下方硬直性が強いと、デフレによって実質賃金が改善するのだ。
この硬直性は上方にもあるのだろう。
日本の名目賃金は上がりにくく、インフレでもやはり上がりにくい。

こうした傾向が持続しているなら、植田総裁のいう賃金上昇実現へのハードルは相当に高くなる。
結果、本格的な政策変更は容易ではないだろう。

期待はしないが《イイね》をつけたい

フォーラムの席次は向かって左から植田日銀総裁、パウエルFRB議長、ラガルドECB総裁、ベイリーBOE総裁だった。
4大中央銀行のトップそろい踏みだ。
CNBCキャスターから、金融緩和が円安を生んでいるが円は安すぎるのか、と無茶な質問を向けられると、植田総裁は、それは財務省の管轄、と結論した。
しかし、その前に(意図したかどうかはわからないが)なかなか爽やかな説明をしている。

円(相場)は日銀の金融政策以外にも他の多くの要因の影響を受けている。
これら3中央銀行の政策を含めてね。
だからね?。

これが笑いを誘った。
パウエル議長は弁護士(PE創業者)、ラガルド総裁も弁護士(政治家)、ベイリー総裁は中銀官僚の出身。
アカデミズムを歩いてきた日本の中銀総裁が知性とユーモアにおいて先進国のトップに立ったかもしれない。