【輪郭】そもそもソフトランディングって何?

市場関係者は、とかく定義のはっきりしない言葉を使いがちだ。
ソフトランディングもまたその1つ。
みんなどんな定義を思い描いてこの言葉を使っているのだろう。

ヒントはある。
今後のシナリオ建てにおいて、ソフトランディングの他にノーランディング、景気後退が挙げられている点だ。
このうち「景気後退」については、米国では全米経済研究所(NBER)が認定する。
認定には様々なポイントはあるものの、単純化して話すなら、まあマイナス成長をイメージすればよいかもしれない。
そうだとすれば、ノーランディングはゼロ成長・マイナス成長まで落ちないイメージだろうか。

仮にその2つの間にソフトランディングがあるなら、論理上はゼロ成長にタッチして回復するイメージになってしまう。
しかし、これは少し狭すぎる定義ではないか。
ここにこの言葉の怪しさがあるのだと思う。
要は耳障りのいい言葉を欲する市場の悪い癖だ。

以下、ソフトランディングをゼロ成長近傍までの減速とその後の回復とイメージしよう。
実際に識者はこの言葉をどう使っているのだろう。
以前、アリアンツ主席経済顧問モハメド・エラリアン氏はこの言葉を用い、「過去数十年でソフトランディングは一度だけ」と言っていた。
先日、ふくおかFGの佐々木融氏も同様のイメージで同じ時期を指摘していた。
その時、同氏が用いた図をリプロダクションしてみると

実効FF金利(青、左)とドル円(赤、右)
実効FF金利(青、左)とドル円(赤、右)

注目点は
・FF金利(青)引き上げ
・景気後退期(灰)
である。

米国では《景気はFRBが殺す》と言われるほど、利上げと景気後退の因果関係は強い。
利上げがあっても景気後退に至っていないのは、今回(まだわからない)と1990年代半ばの2回だけ。
エラリアン氏の指摘どおりなのだ。
それほど金融引き締めとは景気後退に至りやすい道なのだ。
(景気を弱めてインフレを抑制しようというのだから、驚くにはあたらない。)

漫然とソフトランディングと言う時、おそろくみんな1990年代半ばのようなイメージを持っているのではないか。
もっとも当時現役だった人はどんどん滅亡しつつある。
だから、今ソフトランディングと話す人が当時になぞらえているかどうかはわからない。

仮に今後の軌道が1990年代半ばに似てくるとすれば、やはり一応当時何が起こったかを復習しておくべきだろう。
もちろん当時と今では大きく状況は異なる。
違う将来が待っている確率も大きいが、それでも温故知新を無視すべきではない。

1990年代後半に何が起こったか。
まず、アジア通貨危機があった。
この一因は、米国等先進各国の緩和的金融環境にあった。
先進国での金余りの結果、マネーは先進国から新興国へ流入していた。
それが、いくつかのきっかけで巻き戻したために起こった。

新興国での危機でマネーは先進国に戻った。
これは世紀末を超えてITバブルを生んだ。
インターネットの発達は、バブルの恰好の化粧道具となった。
(繰り返すなら今回はAIだろうか、あるいはもう1つ2つ出てくるのか。)

筆者は、今回は異なる将来を迎える可能性も高いと考えている。
しかし、市場とはとかく楽観的なもの。
入れ替わり軽率な楽観主義者が参入し、市場価格を押し上げる可能性は無視できない。
仮にバブル的な展開があるのなら、勝利を収めるのは適切にバブルに乗り、そして降りた投資家になる。
このタスクを知性・理性のやり遂げるのはかなり難しい。
バブルを駆動するのは無知、不合理、悪意だからだ。

一方、インフレ懸念が払拭できないなどの理由で先進国が財政再建に目配りをし始めるようなら、これは景気に対する重しになる。
時期はいつであれ、結局は景気後退に至るだろう。
だからこそ、ソフトランディングはメインシナリオであっても唯一のシナリオにならないのだ。
今後も多くの市場関係者が景気後退シナリオを完全に捨てるとは考えにくい。

基本的には(特に米市場では)株価は上がる時期の方が下がる時期より長い。
答はいつも同じ。
突っ込みすぎてもいけないし、逃げすぎてもいけない。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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